真夜中のマーチ (集英社文庫)

真夜中のマーチ (集英社文庫)

この小説には『最悪』にあるような、人間をじっくりと書いたような重厚さはありません。軽い文章で次々にサスペンスが起きます。ただ軽薄ではなく、軽快ですね。一晩で楽々読めました。内容はクライムコメディで、ヨコケンとミタゾウ、クロチェの3人が力を合わせて10億円の強奪を狙うという筋書きです。
サスペンスもそれなりにあり、展開も意外性があるので楽しめたのですが、どうにも彼らの恋の駆け引きにおもしろさを見出すことができませんでした。恋愛要素として三角関係であることは基本として、クロチェが気まぐれでミタゾウにキスするシーンは「これはないわぁ!」とげんなりさせられました。前後のクロチェのキャラクター像からして、彼女が「きまぐれ」でキスをするなんて、考えられません。折角させるんなら、最後に二人そろって「どっちか選んで!」と言ってきた時に両方の頬にキスして「あたしは誰のものにもならないわ」ってのがクロチェらしい感じではないでしょうか。もちろんミタゾウを尊敬し愛着がわいてくるって伏線も読まなかったわけではないのですが、不自然な感じで浮いていた印象を受けました。
それともう一つ思ったのが、誰もほとんど痛い目に合っていない、ということです。これで少し退屈に感じました。結局のところ、メインの3人は何も失うことなく幸せになってしまいました。しかし、悪いことをしたのなら罰があってしかるべきです。それがないとしまりません。別に教訓が必要だとかそういうのではなく、『デスノート』においてライトが最後に死ぬのと一緒で、悪は滅びるべきだと思うのです。だから、彼らが苦労してうまいこと金を手に入れたのはわかるけど、何かしらの代償を払っていないことに納得できません。
伊良部シリーズと比べればユーモアが足りないし、『最悪』ほどの人物造形の緻密さがあるわけではありません。ただ色々な要素が入っていて、奥田英朗らしさもあるので読むには楽しい良作になっているとは思います。