少しだけ大人に

怖い。できない。土壇場になるとおじけづく。手の震え。汗が噴出す。ひやり。自分は頭が悪い。集中力がない。大体、環境が良くない。だから親の期待に答えられるわけない。必死にやっても普通レベル。その程度なんだよ。シニカルな笑い。自分らしい器ってこれくらいかな。自分の立ち位置はここ。他人に誇れるものなんて、何一つない。特技もない。ソロバンも珠算3級暗算不得意(笑い)資格って言ったら普通免許だけ。不言実行って言葉が好き。でもそれができたことない。「言霊があるからさ、口に出したら叶わないんだよ」ほら、できなかったでしょ? そんな言い訳。そいで自嘲。やっぱ一番は肥大化した学歴コンプレックス。勉強ができないってコンプレックス。でもその割に人を見下す。罵倒する。あざ笑う。そんなことも知らないのか、できないのかと自分のことを棚にあげて。
それらを全部全部臭い箱に詰め込んでしまえ! やらなければいけないことや宿題、思案の甘い目標、もつれた人間関係。金がらみのエトセトラ。みんなみんな全部箱に詰めて、鉄の鎖でがんじがらめに緊縛して封をしろ!
だけれど、またY地点がやってくる。何度目だろうか。チャンスがやってくる。また失敗するかな。でも……

今は違う。逃げないで、どっしり構えて立ち向かうようになった。鋭いライナーもしっかりと見ることができるようになった。「レフト!」の声に「オーライ」と答える余裕ができた。この何年かで、どんな嫌なことからも絶対に逃げられない、必ず「総決算」がある、と気づいたからかもしれない。
私は幼い頃から、もう嫌で嫌でしかたがないことがあると、すぐに逃げる心の弱いやつだった。受験もそうだし、ふわりとあがったフライも捕れなかった。もちろんゴロはトンネル。人間関係などもそうだ。大喧嘩のあげくの別れ。ネックになってる勉強。昔から集中力がなく、好きでも頑張ることができなかった。勉強なんて、したことがなかった。絶体絶命になると闘わず、逃げるか、てきとうにやり過ごしていた。
今はちょっとは大人になったかな、と思う。だって踏ん張ることができる。自分に鞭打つことができる。今度は自分の進みたいほうに行けるかもしれない。淡い期待がある。そう思うと、俄然やる気もでてくるものだ。モラトリアムも吹き飛んでしまう。今まで逃げ回っていたものを探して、かたっぱしから叩き潰せるかもしれない。あの箱を開けることができるかもしれない。
ちょっとだけ大人になった自分に気づいたとき、跳ね回りたくなるほど嬉しかった。セピア色の世界に色彩が現れて、世界が美しくいろどられていく感覚。ああやれるんだ、自分にもできるんだ。まだ大丈夫なんだ。こんなに嬉しいことはない。